Author:
冨谷至 (Tomiya, Itaru)
Publication Date:
2016. 3. 16
Publisher:
創文社
Table of Contents:
序論
第一部 法典
第一章 晋泰始律令への道
第二章 漢律から唐律へ——裁判規範と行為規範
第二部 刑罰
第一章 究極の肉刑から生命刑へ:漢―唐死刑考
第二章 徙遷刑から流刑
第三章 笞刑の変遷——漢の督笞から唐の笞杖刑
第四章 腐刑と宮刑
第三部 犯罪
第一章 儀礼と犯罪のはざま——賄賂罪をめぐって
第二章 男女間の性的犯罪——姦刑について
第三章 「正義」の殺人
あとがき
Thursday, March 31, 2016
漢唐法制史研究 (A History of Law from Han to Tang)
Tuesday, March 29, 2016
[Dissertation] Change and Standardization in Anyang: Writing and Culture in Bronze Age China
Author:
Anderson, Matthew McCutchen
School:
University of Pennsylvania
Advisor:
Mair, Victor H.
Department:
East Asian Languages and Civilizations
Year:
2015
Abstract:
This dissertation is particularly concerned with various changes that occurred over roughly the last two centuries of the Shang period, that is, during the Anyang period, which stretches from approximately 1250 BCE to approximately 1050 BCE. This period, which begins just before the earliest evidence for writing in what is now China and stretches until the fall of the last Shang king, contains the entirety of the recorded history of the Shang dynasty.
After discussing the dating of Shang oracle-bone inscriptions, I first address changes in Shang writing, demonstrating that it becomes increasingly regularized over the period. The earliest examples of Shang writing, especially those dating from the reign of king Wu Ding, show high levels of graphic and linguistic variation--that is, graphs/words are written differently from one inscription to the next, syntax is sometimes inconsistent, and aspects like text direction vary wildly; additionally, the semantic content of these inscriptions is far more diverse than is the case toward the end of the period. Using this apparent regularization as a backdrop, I address the Shang's changing relationships with certain non-Shang peoples, especially those known as the fang -countries.
Palaeographical materials are primarily drawn from the Shang, but later periods also provide useful examples of the kinds of processes at work, and I pay special attention to early examples of Chinese writing found outside Anyang. I focus on the newest collection of scientifically excavated Shang inscriptions, Yinxu Xiaotun cun zhong cun nan jiagu 殷墟小屯村中村南甲骨 (Oracle bones from the center and south of Xiaotun village in the Wastes of Yin), published in 2012. Compared to other collections, relatively little work has been done on this one, and it happens to contain many inscriptions especially relevant to some of the questions under discussion, from issues of dating to the Shang's relationships with other peoples. While other corpora of Shang oracle-bone inscriptions are also essential to this project, this newest collection is its foundation.
The second part of this dissertation presents a transcription of the entire collection, together with a full English translation, its first ever into another language.
Anderson, Matthew McCutchen
School:
University of Pennsylvania
Advisor:
Mair, Victor H.
Department:
East Asian Languages and Civilizations
Year:
2015
Abstract:
This dissertation is particularly concerned with various changes that occurred over roughly the last two centuries of the Shang period, that is, during the Anyang period, which stretches from approximately 1250 BCE to approximately 1050 BCE. This period, which begins just before the earliest evidence for writing in what is now China and stretches until the fall of the last Shang king, contains the entirety of the recorded history of the Shang dynasty.
After discussing the dating of Shang oracle-bone inscriptions, I first address changes in Shang writing, demonstrating that it becomes increasingly regularized over the period. The earliest examples of Shang writing, especially those dating from the reign of king Wu Ding, show high levels of graphic and linguistic variation--that is, graphs/words are written differently from one inscription to the next, syntax is sometimes inconsistent, and aspects like text direction vary wildly; additionally, the semantic content of these inscriptions is far more diverse than is the case toward the end of the period. Using this apparent regularization as a backdrop, I address the Shang's changing relationships with certain non-Shang peoples, especially those known as the fang -countries.
Palaeographical materials are primarily drawn from the Shang, but later periods also provide useful examples of the kinds of processes at work, and I pay special attention to early examples of Chinese writing found outside Anyang. I focus on the newest collection of scientifically excavated Shang inscriptions, Yinxu Xiaotun cun zhong cun nan jiagu 殷墟小屯村中村南甲骨 (Oracle bones from the center and south of Xiaotun village in the Wastes of Yin), published in 2012. Compared to other collections, relatively little work has been done on this one, and it happens to contain many inscriptions especially relevant to some of the questions under discussion, from issues of dating to the Shang's relationships with other peoples. While other corpora of Shang oracle-bone inscriptions are also essential to this project, this newest collection is its foundation.
The second part of this dissertation presents a transcription of the entire collection, together with a full English translation, its first ever into another language.
Saturday, March 26, 2016
中国古代国家と情報伝達: 秦漢簡牘の研究
Author:
藤田 勝久 (Fujita, Katsuhisa)
Publication Date:
March, 2016
Publisher:
汲古書院
Abstract:
本書は、中国出土資料の機能を通じて、秦漢時代の郡県制における文書伝達と情報処理、交通システムの原理を明らかにしようと試みるものである。こうした簡牘にみえる情報伝達の特徴を通じて、中国古代国家と地域社会の特質を解明することが目的である。各章は、以下のような構成である。
第一編「秦漢簡牘の機能と情報伝達」では、秦代の県城である里耶古城と、県レベルの機構である甲 渠候官と肩水候官、その下部にある肩水金関、県の下部にある懸泉置を基礎として、簡牘の機能(文書逓伝、冊書の文書伝達、情報処理、単独簡の用法、通行証としての伝)に注目し、秦漢時代の情報伝達の原理を明らかにする。第一章「里耶秦簡と秦代郡県制」は、出土資料学としての機能を整理して、県の領域にある地方官府の役割を考察する。第二章「漢代地方の文書逓伝と情報処理」は、中央と地方を結ぶ懸泉置の文書逓伝と、張掖郡に所属する県レベルの甲渠候官を中心として、冊書の伝達と文書処理を考察する。第三章「漢代地方の文書処理と『発』」は、漢代の文書処理について考察する。第四章「漢代檄の伝達方法と機能」は、冊書の文書に対して、觚の形状をもち単独で使用される檄の伝達を考察している。第五章「漢代交通と伝の機能」は、懸泉漢簡にみえる「失亡伝信冊」を手がかりとして、全国に発信される文書伝達と、伝信(伝、通行証)の形態について論じている。第六章「漢簡にみえる地方官府の伝」は、懸泉漢簡の敦煌郡が発給する形式を手がかりとして、伝の形態と機能や、出張の用務と東方社会との関係、漢代西北の交通維持と規制について考察している。
第二編「秦漢時代の交通と情報伝達」では、交通システムに関する規定や、懸泉置という郵駅の施設、肩水金関、褒斜道の交通ルートにある石刻資料を対象とする。ここでは交通システムと情報伝達に注目し、漢王朝の県レベルの領域にある懸泉置や肩水金関の役割を考察している。第七章「秦漢交通システムと出土資料」は、中国交通史と出土資料について概観し、交通システムに関する法令として、張家山漢簡「伝食律」「津関令」と『奏獻書』などの規定を整理している。第八章「漢代西北の交通と懸泉置」は、懸泉置の構造と漢簡を概観したあと、郵書として受け渡しをする文書と、懸泉置に到達した文書伝達を考察している。第九章「エチナ河流域の交通と肩水金関」は、肩水候官と肩水金関が接近しており、その役割が関連するといわれることから、居延漢簡にみえる両者の簡牘をあわせて分析する。第十章「後漢時代の交通と情報伝達」は、漢中の褒斜道石刻をめぐって、その交通ルートと道路工事の関係を、地域社会との関連で考察している。終章「中国古代の出土資料と地域社会」は、秦帝国の制度を受け継いだ漢王朝の制度を基本として、地方官府の文書伝達と情報処理の原理を整理している。ここでは漢代の文書処理の方法や、単独簡の機能を述べている。とくに注意した点は、つぎの通りである。①中央政府の文書行政に対して、地方官府と下部の吏民におよぶ情報伝達と運営の実態を広く対象とすること。このとき県レベルの官府では、秦代の里耶秦簡と、漢代の居延漢簡、懸泉漢簡を比較して、文書システムの共通規格(format、フォーマット)を解明しようとしている。これは情報技術を重視する方面である。②漢代の懸泉置と肩水金関の役割を通じて、交通の維持と検察や、人びとの往来、書信と口頭におよぶ情報伝達を考えること。これは古代中国に共通する交通システムの原理を分析する方面である。③秦漢時代の簡牘の特徴では、出土した地域性と時代の変化に注意しながら、地方行政との関係を考察した。ここでは情報処理の技術を生み出したテクノラートとその社会背景を想定し、中国古代国家と地域社会の特質を展望する。こうした秦漢時代の情報技術は、伝統中国の国家と社会を考えるだけではなく、東アジアの資料学や、現代の情報社会にかかわるテーマとなっている。
Table of Contents:
序 章 中国古代の出土資料と情報伝達
第一編 秦漢簡牘の機能と情報伝達
第一章 里耶秦簡と秦代郡県制
第一節 里耶秦簡と出土資料学
第二節 里耶秦簡の交通資料と県社会
第二章 漢代地方の文書逓伝と情報処理
第三章 漢代地方の文書処理と「発」
〔補論〕「署某発」について
第四章 漢代檄の伝達方法と機能―文書と口頭伝達
第五章 漢代交通と伝の機能―懸泉漢簡を中心として
第六章 漢簡にみえる地方官府の伝
第二編 秦漢時代の交通と情報伝達
第七章 秦漢交通システムと出土資料
第八章 漢代西北の交通と懸泉置
第九章 エチナ河流域の交通と肩水金関
第十章 後漢時代の交通と情報伝達―褒斜道の石刻をめぐって
終 章 中国古代の出土資料と地域社会
あとがき/初出一覧/索引(文献と出土資料、事項)
藤田 勝久 (Fujita, Katsuhisa)
Publication Date:
March, 2016
Publisher:
汲古書院
Abstract:
本書は、中国出土資料の機能を通じて、秦漢時代の郡県制における文書伝達と情報処理、交通システムの原理を明らかにしようと試みるものである。こうした簡牘にみえる情報伝達の特徴を通じて、中国古代国家と地域社会の特質を解明することが目的である。各章は、以下のような構成である。
第一編「秦漢簡牘の機能と情報伝達」では、秦代の県城である里耶古城と、県レベルの機構である甲 渠候官と肩水候官、その下部にある肩水金関、県の下部にある懸泉置を基礎として、簡牘の機能(文書逓伝、冊書の文書伝達、情報処理、単独簡の用法、通行証としての伝)に注目し、秦漢時代の情報伝達の原理を明らかにする。第一章「里耶秦簡と秦代郡県制」は、出土資料学としての機能を整理して、県の領域にある地方官府の役割を考察する。第二章「漢代地方の文書逓伝と情報処理」は、中央と地方を結ぶ懸泉置の文書逓伝と、張掖郡に所属する県レベルの甲渠候官を中心として、冊書の伝達と文書処理を考察する。第三章「漢代地方の文書処理と『発』」は、漢代の文書処理について考察する。第四章「漢代檄の伝達方法と機能」は、冊書の文書に対して、觚の形状をもち単独で使用される檄の伝達を考察している。第五章「漢代交通と伝の機能」は、懸泉漢簡にみえる「失亡伝信冊」を手がかりとして、全国に発信される文書伝達と、伝信(伝、通行証)の形態について論じている。第六章「漢簡にみえる地方官府の伝」は、懸泉漢簡の敦煌郡が発給する形式を手がかりとして、伝の形態と機能や、出張の用務と東方社会との関係、漢代西北の交通維持と規制について考察している。
第二編「秦漢時代の交通と情報伝達」では、交通システムに関する規定や、懸泉置という郵駅の施設、肩水金関、褒斜道の交通ルートにある石刻資料を対象とする。ここでは交通システムと情報伝達に注目し、漢王朝の県レベルの領域にある懸泉置や肩水金関の役割を考察している。第七章「秦漢交通システムと出土資料」は、中国交通史と出土資料について概観し、交通システムに関する法令として、張家山漢簡「伝食律」「津関令」と『奏獻書』などの規定を整理している。第八章「漢代西北の交通と懸泉置」は、懸泉置の構造と漢簡を概観したあと、郵書として受け渡しをする文書と、懸泉置に到達した文書伝達を考察している。第九章「エチナ河流域の交通と肩水金関」は、肩水候官と肩水金関が接近しており、その役割が関連するといわれることから、居延漢簡にみえる両者の簡牘をあわせて分析する。第十章「後漢時代の交通と情報伝達」は、漢中の褒斜道石刻をめぐって、その交通ルートと道路工事の関係を、地域社会との関連で考察している。終章「中国古代の出土資料と地域社会」は、秦帝国の制度を受け継いだ漢王朝の制度を基本として、地方官府の文書伝達と情報処理の原理を整理している。ここでは漢代の文書処理の方法や、単独簡の機能を述べている。とくに注意した点は、つぎの通りである。①中央政府の文書行政に対して、地方官府と下部の吏民におよぶ情報伝達と運営の実態を広く対象とすること。このとき県レベルの官府では、秦代の里耶秦簡と、漢代の居延漢簡、懸泉漢簡を比較して、文書システムの共通規格(format、フォーマット)を解明しようとしている。これは情報技術を重視する方面である。②漢代の懸泉置と肩水金関の役割を通じて、交通の維持と検察や、人びとの往来、書信と口頭におよぶ情報伝達を考えること。これは古代中国に共通する交通システムの原理を分析する方面である。③秦漢時代の簡牘の特徴では、出土した地域性と時代の変化に注意しながら、地方行政との関係を考察した。ここでは情報処理の技術を生み出したテクノラートとその社会背景を想定し、中国古代国家と地域社会の特質を展望する。こうした秦漢時代の情報技術は、伝統中国の国家と社会を考えるだけではなく、東アジアの資料学や、現代の情報社会にかかわるテーマとなっている。
Table of Contents:
序 章 中国古代の出土資料と情報伝達
第一編 秦漢簡牘の機能と情報伝達
第一章 里耶秦簡と秦代郡県制
第一節 里耶秦簡と出土資料学
第二節 里耶秦簡の交通資料と県社会
第二章 漢代地方の文書逓伝と情報処理
第三章 漢代地方の文書処理と「発」
〔補論〕「署某発」について
第四章 漢代檄の伝達方法と機能―文書と口頭伝達
第五章 漢代交通と伝の機能―懸泉漢簡を中心として
第六章 漢簡にみえる地方官府の伝
第二編 秦漢時代の交通と情報伝達
第七章 秦漢交通システムと出土資料
第八章 漢代西北の交通と懸泉置
第九章 エチナ河流域の交通と肩水金関
第十章 後漢時代の交通と情報伝達―褒斜道の石刻をめぐって
終 章 中国古代の出土資料と地域社会
あとがき/初出一覧/索引(文献と出土資料、事項)
Labels:
Bamboo Slips 簡牘,
Book 書介,
Communication 訊息傳播,
Han dynasty 漢代,
Law 法律,
Qin 秦,
軍事史 Military History
Thursday, March 24, 2016
孝の風景: 説話表象文化論序説
Author:
宇野瑞木 (UNO Mizuki)
Publication Month:
2016.3
Publisher:
勉誠出版
Abstract:
東アジア社会に通奏低音のごとく深く根ざした「孝」の思想。
この思想は如何に描かれ、語られ、変容し、伝播していったのか。
テクスト•イメージ•音声•身振り•儀礼などの諸現象と時代のコンテクストが相互に響き合うことで表象される「孝」にまつわる空間の生成と構造を立体的に捉え、淵源たる中国漢代から出版文化の隆盛をみた日本近世に至る展開を精緻かつダイナミックに描き出す。
Table of Contents:
口絵(伝雛屋立圃筆二十四孝奈良絵本/二十四孝手鑑)
序―説話研究の三次元化にむけて
序 論
第一部 図像の力
はじめに―墓と図像
第一章 後漢墓における孝の表象―山東省嘉祥県武梁祠画像石を中心に
第二章 六朝時代以降の孝子図―墓における複数の世界観と孝との融合
第三章 孝子伝図から二十四孝図へ―遼・宋代以降を中心に
結
第二部 語りの生起する場
はじめに―今ここを現出する力
第四章 郭巨説話の母子像―唐代仏教寺院における唱導を中心に
第五章 郭巨説話の「母の悲しみ」―日本中世前期の安居院流唱導を中心に
第六章 日本中世の追善供養の場と孝子説話―『金玉要集』の孟宗説話を中心に
結
第三部 出版メディアの空間
はじめに―視覚時代の幕開け
第七章 和製二十四孝図の誕生―日中韓の図像比較から
第八章 蓑笠姿の孟宗―日本における二十四孝の絵画化と五山僧
第九章 江戸期における二十四孝イメージの氾濫/反乱―不孝、遊戯を契機として
結
結論 孝の表象―波うち際にて
基礎資料編
Ⅰ 渋川版と嵯峨本の図像
Ⅱ 渡来テキストの図像
Ⅲ 漢~元墓の孝子図
Ⅳ 大画面制作・お伽草子
索 引
宇野瑞木 (UNO Mizuki)
Publication Month:
2016.3
Publisher:
勉誠出版
Abstract:
東アジア社会に通奏低音のごとく深く根ざした「孝」の思想。
この思想は如何に描かれ、語られ、変容し、伝播していったのか。
テクスト•イメージ•音声•身振り•儀礼などの諸現象と時代のコンテクストが相互に響き合うことで表象される「孝」にまつわる空間の生成と構造を立体的に捉え、淵源たる中国漢代から出版文化の隆盛をみた日本近世に至る展開を精緻かつダイナミックに描き出す。
Table of Contents:
口絵(伝雛屋立圃筆二十四孝奈良絵本/二十四孝手鑑)
序―説話研究の三次元化にむけて
序 論
第一部 図像の力
はじめに―墓と図像
第一章 後漢墓における孝の表象―山東省嘉祥県武梁祠画像石を中心に
第二章 六朝時代以降の孝子図―墓における複数の世界観と孝との融合
第三章 孝子伝図から二十四孝図へ―遼・宋代以降を中心に
結
第二部 語りの生起する場
はじめに―今ここを現出する力
第四章 郭巨説話の母子像―唐代仏教寺院における唱導を中心に
第五章 郭巨説話の「母の悲しみ」―日本中世前期の安居院流唱導を中心に
第六章 日本中世の追善供養の場と孝子説話―『金玉要集』の孟宗説話を中心に
結
第三部 出版メディアの空間
はじめに―視覚時代の幕開け
第七章 和製二十四孝図の誕生―日中韓の図像比較から
第八章 蓑笠姿の孟宗―日本における二十四孝の絵画化と五山僧
第九章 江戸期における二十四孝イメージの氾濫/反乱―不孝、遊戯を契機として
結
結論 孝の表象―波うち際にて
基礎資料編
Ⅰ 渋川版と嵯峨本の図像
Ⅱ 渡来テキストの図像
Ⅲ 漢~元墓の孝子図
Ⅳ 大画面制作・お伽草子
索 引
Labels:
Book 書介,
Japan 日本,
佛教 Buddhism,
魏晉南北朝 Wei--Jin-Nan-Bei-Chao
Saturday, March 19, 2016
中国古代環境史の研究 (An Environmental History of Ancient China)
Author:
村松 弘一 (Muramatsu, Koichi)
Publication Date:
2016/02/26
Publisher:
汲古書院
Abstract:
本書は中国古代の関中平原・淮北平原・黄土高原・黄河下流、さらには東アジアにおける人間と自然環境の関係史を復原しようとする試みである。序章「秦漢環境史研究の現在」では秦漢史研究における環境史の研究を概観し、近年の研究が何を問題としているのかについて論じる。
第一部「秦漢帝国の形成と関中平原」は関中平原を対象地域とし、そこを拠点とした秦のはじまりから統一そして漢への過程について都市を中心に論じる。
第一章「黄土高原西部の環境と秦文化の形成」では秦公となって最初に拠点とした黄土高原西部の西垂とその周辺の環境について述べ、第二章「秦の関中平原西部への拡大と地域開発」では西垂から雍城への遷都の過程と関中平原西部の開発の関係について論じる。第三章「関中平原東部への遷都と開発の展開」では雍城から櫟陽・咸陽への遷都の過程と晋・魏との抗争そして地域開発との関係について言及する。第四章「中国古代関中平原の都市と環境」では咸陽から長安への都市プランの変遷を都市水利の変化から分析した。第五章「中国古代関中平原の水利開発と環境」では戦国秦が建設した鄭国渠と漢代の白渠の灌漑対象区を比較検討し、それぞれの水利施設の性格の差違と背景にある政治的状況の違いを分析する。
第二部「淮北平原の開発」では淮北平原を対象地域とし、漢から後漢、魏晋南北朝時代に至るまでの澤と陂に焦点を当てる。第六章「中国古代の山林藪澤」では山林藪澤への人間のかかわりかたを類型化し、手つかずの自然環境である山林藪澤に対する古代人の認識を考察する。第七章「魏晋期淮北平原の地域開発」では西晋代の杜預による水害と陂の関係を述べた上疏文を分析し、第八章「漢代淮北平原の地域開発」では杜預以前の漢代における淮北平原の開発のありかたについて澤・陂を中心に述べる。第九章「魏晋・北魏時代の淮北平原における陂の建設」では杜預上疏以後の状況を知るため主に『水経注』の記載に見られる陂・澤の状況を論じた。
第三部「水利技術と古代東アジア」では淮河流域で開発された「陂」の技術が朝鮮半島・日本列島へと伝わる過程に着目する。第十章「中国古代淮南の都市と環境」では淮河のすぐ南に位置する都市・寿春と水利施設・芍陂の関係が春秋時代から魏晋期に至るまでにどのように変化したのかを検討した。第十一章「後漢時代の王景と芍陂(安豊塘)」では芍陂の機能が灌漑中心へとかわる契機となった王景による修築について、彼の履歴と黄河下流での事績との関係から論じた。第十二章「古代東アジア史における陂池」では「陂」という名称について朝鮮半島・日本列島の事例について整理した。第十三章「塢から見る東アジア海文明と水利技術」では中国大陸では防塁を示していた「塢」が朝鮮半島の石碑のなかでは水利施設を意味していることに注目し、水利施設としての語義が朝鮮半島特有のものであるのか、それとも大陸から伝わったのかについて資料を再度整理し、論じた。
第四部「黄土地帯の環境史」では関中平原・黄土高原・黄河下流域という黄土地帯全体の人間と環境の歴史について述べる。第十四章「秦漢帝国と黄土地帯」では秦漢帝国の歴史の中で黄土地帯がどのような役割を果たしたのかを政治・社会の側面からまとめた。第十五章「黄土高原の農耕と環境の歴史」では特に黄土高原に着目し、その開発について論じた。第十六章「黄河の断流」では現代の黄河が河まで届かない「断流」という現象について、黄河変遷史のなかでの位置づけをおこなった。第十七章「澤から見た黄河下流の環境史」は黄河下流の鉅野澤の大きさの変化と黄河の変遷との関係について述べた。第十八章「陜西省関中三渠をめぐる古代・近代そして現代」は古代の国渠などを引き継いだ関中三渠の秦漢時代からの歴史を振り返り、近代においてそれが「近代技術」によってどのように修築されたのか、環境へどのような意識をもって整備されたのかを考察する。第十九章「洛恵渠調査記」は現代の関中平原の水利施設の調査記である。附章「東アジアの環境史」は東アジア全体の環境史の研究動向について整理したものである。
Table of Contents:
序 章 秦漢環境史研究の現在
第一部 秦漢帝国の形成と関中平原
第一章 黄土高原西部の環境と秦文化の形成―礼県大堡子山秦公墓の発見―
第二章 秦の関中平原西部への拡大と地域開発―西垂から雍城へ―
第三章 関中平原東部への遷都と開発の展開―雍城から咸陽へ―
第四章 中国古代関中平原の都市と環境―咸陽から長安へ―
第五章 中国古代関中平原の水利開発と環境―鄭国渠から白渠へ―
第二部 淮北平原の開発―漢から魏晋へ―
第六章 中国古代の山林藪澤―人間は自然環境をどう見たか―
第七章 魏晋期淮北平原の地域開発―咸寧四年杜預上疏の検討―
第八章 漢代淮北平原の地域開発―陂の建設と澤―
第九章 魏晋・北魏時代の淮北平原における陂の建設―『水経注』の記載を中心に―
第三部 水利技術と古代東アジア―淮河流域から朝鮮半島・日本列島へ―
第十章 中国古代淮南の都市と環境―寿春と芍陂―
第十一章 後漢時代の王景と芍陂(安豊塘)
第十二章 古代東アジア史における陂池―水利技術と環境―
第十三章 塢から見る東アジア海文明と水利技術
第四部 黄土地帯の環境史
第十四章 秦漢帝国と黄土地帯
第十五章 黄土高原の農耕と環境の歴史
第十六章 黄河の断流―黄河変遷史からの視点―
第十七章 澤から見た黄河下流の環境史―鉅野澤から梁山泊へ―
第十八章 陝西省関中三渠をめぐる古代・近代そして現代
第十九章 洛恵渠調査記
附 章 東アジアの環境史
初出一覧/あとがき/索 引
村松 弘一 (Muramatsu, Koichi)
Publication Date:
2016/02/26
Publisher:
汲古書院
Abstract:
本書は中国古代の関中平原・淮北平原・黄土高原・黄河下流、さらには東アジアにおける人間と自然環境の関係史を復原しようとする試みである。序章「秦漢環境史研究の現在」では秦漢史研究における環境史の研究を概観し、近年の研究が何を問題としているのかについて論じる。
第一部「秦漢帝国の形成と関中平原」は関中平原を対象地域とし、そこを拠点とした秦のはじまりから統一そして漢への過程について都市を中心に論じる。
第一章「黄土高原西部の環境と秦文化の形成」では秦公となって最初に拠点とした黄土高原西部の西垂とその周辺の環境について述べ、第二章「秦の関中平原西部への拡大と地域開発」では西垂から雍城への遷都の過程と関中平原西部の開発の関係について論じる。第三章「関中平原東部への遷都と開発の展開」では雍城から櫟陽・咸陽への遷都の過程と晋・魏との抗争そして地域開発との関係について言及する。第四章「中国古代関中平原の都市と環境」では咸陽から長安への都市プランの変遷を都市水利の変化から分析した。第五章「中国古代関中平原の水利開発と環境」では戦国秦が建設した鄭国渠と漢代の白渠の灌漑対象区を比較検討し、それぞれの水利施設の性格の差違と背景にある政治的状況の違いを分析する。
第二部「淮北平原の開発」では淮北平原を対象地域とし、漢から後漢、魏晋南北朝時代に至るまでの澤と陂に焦点を当てる。第六章「中国古代の山林藪澤」では山林藪澤への人間のかかわりかたを類型化し、手つかずの自然環境である山林藪澤に対する古代人の認識を考察する。第七章「魏晋期淮北平原の地域開発」では西晋代の杜預による水害と陂の関係を述べた上疏文を分析し、第八章「漢代淮北平原の地域開発」では杜預以前の漢代における淮北平原の開発のありかたについて澤・陂を中心に述べる。第九章「魏晋・北魏時代の淮北平原における陂の建設」では杜預上疏以後の状況を知るため主に『水経注』の記載に見られる陂・澤の状況を論じた。
第三部「水利技術と古代東アジア」では淮河流域で開発された「陂」の技術が朝鮮半島・日本列島へと伝わる過程に着目する。第十章「中国古代淮南の都市と環境」では淮河のすぐ南に位置する都市・寿春と水利施設・芍陂の関係が春秋時代から魏晋期に至るまでにどのように変化したのかを検討した。第十一章「後漢時代の王景と芍陂(安豊塘)」では芍陂の機能が灌漑中心へとかわる契機となった王景による修築について、彼の履歴と黄河下流での事績との関係から論じた。第十二章「古代東アジア史における陂池」では「陂」という名称について朝鮮半島・日本列島の事例について整理した。第十三章「塢から見る東アジア海文明と水利技術」では中国大陸では防塁を示していた「塢」が朝鮮半島の石碑のなかでは水利施設を意味していることに注目し、水利施設としての語義が朝鮮半島特有のものであるのか、それとも大陸から伝わったのかについて資料を再度整理し、論じた。
第四部「黄土地帯の環境史」では関中平原・黄土高原・黄河下流域という黄土地帯全体の人間と環境の歴史について述べる。第十四章「秦漢帝国と黄土地帯」では秦漢帝国の歴史の中で黄土地帯がどのような役割を果たしたのかを政治・社会の側面からまとめた。第十五章「黄土高原の農耕と環境の歴史」では特に黄土高原に着目し、その開発について論じた。第十六章「黄河の断流」では現代の黄河が河まで届かない「断流」という現象について、黄河変遷史のなかでの位置づけをおこなった。第十七章「澤から見た黄河下流の環境史」は黄河下流の鉅野澤の大きさの変化と黄河の変遷との関係について述べた。第十八章「陜西省関中三渠をめぐる古代・近代そして現代」は古代の国渠などを引き継いだ関中三渠の秦漢時代からの歴史を振り返り、近代においてそれが「近代技術」によってどのように修築されたのか、環境へどのような意識をもって整備されたのかを考察する。第十九章「洛恵渠調査記」は現代の関中平原の水利施設の調査記である。附章「東アジアの環境史」は東アジア全体の環境史の研究動向について整理したものである。
Table of Contents:
序 章 秦漢環境史研究の現在
第一部 秦漢帝国の形成と関中平原
第一章 黄土高原西部の環境と秦文化の形成―礼県大堡子山秦公墓の発見―
第二章 秦の関中平原西部への拡大と地域開発―西垂から雍城へ―
第三章 関中平原東部への遷都と開発の展開―雍城から咸陽へ―
第四章 中国古代関中平原の都市と環境―咸陽から長安へ―
第五章 中国古代関中平原の水利開発と環境―鄭国渠から白渠へ―
第二部 淮北平原の開発―漢から魏晋へ―
第六章 中国古代の山林藪澤―人間は自然環境をどう見たか―
第七章 魏晋期淮北平原の地域開発―咸寧四年杜預上疏の検討―
第八章 漢代淮北平原の地域開発―陂の建設と澤―
第九章 魏晋・北魏時代の淮北平原における陂の建設―『水経注』の記載を中心に―
第三部 水利技術と古代東アジア―淮河流域から朝鮮半島・日本列島へ―
第十章 中国古代淮南の都市と環境―寿春と芍陂―
第十一章 後漢時代の王景と芍陂(安豊塘)
第十二章 古代東アジア史における陂池―水利技術と環境―
第十三章 塢から見る東アジア海文明と水利技術
第四部 黄土地帯の環境史
第十四章 秦漢帝国と黄土地帯
第十五章 黄土高原の農耕と環境の歴史
第十六章 黄河の断流―黄河変遷史からの視点―
第十七章 澤から見た黄河下流の環境史―鉅野澤から梁山泊へ―
第十八章 陝西省関中三渠をめぐる古代・近代そして現代
第十九章 洛恵渠調査記
附 章 東アジアの環境史
初出一覧/あとがき/索 引
Friday, March 18, 2016
Vanishing into Things: Knowledge in Chinese Tradition
Author:
Allen, Barry
Publication Date:
24 April 2015
Publisher:
Harvard University Press
Abstract:
Vanishing into Things explores the concept of knowledge in Chinese thought over two millennia, from Confucius to Wang Yangming (ca. 1500 CE), and compares the different philosophical imperatives that have driven Chinese and Western thought. Challenging the hyperspecialized epistemology of modern philosophy in the West, Barry Allen urges his readers toward an ethical appreciation of why knowledge is worth pursuing.
Western philosophers have long maintained that true knowledge is the best knowledge. Chinese thinkers, by contrast, have emphasized not the essence of knowing but the purpose. Ideas of truth play no part in their understanding of what the best knowledge is: knowledge is not deduced from principles or reducible to a theory. Rather, in Chinese tradition knowledge is expressed through wu wei, literally “not doing”—a response to circumstances that is at once effortless and effective. This type of knowledge perceives the evolution of circumstances from an early point, when its course can still be changed, provided one has the wisdom to grasp the opportunity.
Allen guides readers through the major Confucian and Daoist thinkers including Kongzi, Mengzi, Xunzi, Laozi, and Zhuangzi, examining their influence on medieval Neoconfucianism and Chan (Zen) Buddhism, as well as the theme of knowledge in China’s art of war literature. The sophisticated and consistent concept of knowledge elucidated here will be of relevance to contemporary Western and Eastern philosophers alike.
Table of Contents:
Introduction: To Really See the Little Things
1. Confucians
2. Daoists
3. The Art of War
4. Chan Buddhism
5. The Investigation of Things
6. Resonance
Chronology
Notes
Glossary
Acknowledgments
Index
Allen, Barry
Publication Date:
24 April 2015
Publisher:
Harvard University Press
Abstract:
Vanishing into Things explores the concept of knowledge in Chinese thought over two millennia, from Confucius to Wang Yangming (ca. 1500 CE), and compares the different philosophical imperatives that have driven Chinese and Western thought. Challenging the hyperspecialized epistemology of modern philosophy in the West, Barry Allen urges his readers toward an ethical appreciation of why knowledge is worth pursuing.
Western philosophers have long maintained that true knowledge is the best knowledge. Chinese thinkers, by contrast, have emphasized not the essence of knowing but the purpose. Ideas of truth play no part in their understanding of what the best knowledge is: knowledge is not deduced from principles or reducible to a theory. Rather, in Chinese tradition knowledge is expressed through wu wei, literally “not doing”—a response to circumstances that is at once effortless and effective. This type of knowledge perceives the evolution of circumstances from an early point, when its course can still be changed, provided one has the wisdom to grasp the opportunity.
Allen guides readers through the major Confucian and Daoist thinkers including Kongzi, Mengzi, Xunzi, Laozi, and Zhuangzi, examining their influence on medieval Neoconfucianism and Chan (Zen) Buddhism, as well as the theme of knowledge in China’s art of war literature. The sophisticated and consistent concept of knowledge elucidated here will be of relevance to contemporary Western and Eastern philosophers alike.
Table of Contents:
Introduction: To Really See the Little Things
1. Confucians
2. Daoists
3. The Art of War
4. Chan Buddhism
5. The Investigation of Things
6. Resonance
Chronology
Notes
Glossary
Acknowledgments
Index
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Book 書介,
Daoism 道家,
儒家 Confucianism,
思想史 History of Thoughts
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